独自ドメインまた取得。アホか。
・Der Verschollene / http://www.coacervate.net/
・感想文 / ワールズエンドガーデン
・写真 / 夜の果てへの旅
・本棚
・日記(猫と文房具)
やってることが全く同じなのがもう末期だと思います。
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やってることが全く同じなのがもう末期だと思います。
三島賞とか芥川賞とかの候補になった、と言うので読んでみる。劇団主宰の人で、言われてみればアングラ演劇の匂いがぷんぷんする。
短編3本、「江利子と絶対」「生垣の女」「暗狩」で、まあなんつうか、感想はこっちに書いたので参照するといい。
面白かったけど、それ以上でもそれ以下でもない感じ。面白くないよりはましなのか。嫌いじゃないけど。
狂えるアラブ人アブドゥル・アルハザードが伝えた魔道書ネクロノミコン。詳しくはWikipediaを読んだらいい。
長く行方が知れず、ラヴクラフトの作品中でもその断片が僅かに提示されるだけだった謎の書物が、数世紀を経て現在に甦った。
まあ、なんつうか、わかってて笑いながら嘘を突き通す、しかも真実よりも本物らしい嘘を、って、その心意気に惚れたので購入。いや、ここまでくればいっそ清々しいって。
内容は、マニアがマニアのためにマニアックに完璧にディティールにこだわって作っただけあって、割と面白そう。まあ、冷めた目で眺めてしまうとどこまでも引いちゃいそうなので、できるだけテンション高くニラニラしながら観察するのが吉。
ラヴクラフトスキーだったら読んでおいて損はないのでは。私はまだ読んでないけど。ちなみに装丁と、中のフォントは安っぽい。もうちょっと雰囲気を大事にして欲しかった。
古今東西さまざまな自殺を豊富な図版を付けてご紹介。
一応自殺を勧める書物でないと言うことだけは付記しておこうかなと。まあ、野次馬的な興味で読む本だから、学術的なことは何も期待しないのがいいと思う。
「世界で初めて○○で自殺した人」とか、そういう薀蓄的なものは面白いかな。あまり趣味のいい本とは言えないが、私は好きです。「完全自殺マニュアル」よりはましかも。あれのワールドワイド版、みたいな。
ここには無数の死があるが、どれもリアリティはない。だから怖いのかな。
クイックジャパンに連載してた作品に大量の書き下ろしページ追加で単行本化、と言われてもクイックジャパン読んでなかったのでどこが書き下ろしか不明。雑誌連載してるの発見して、ずっと単行本になるのを待ってた。
しかしターゲット読者層がいつもと違う所為か、何と言うか、重い。暗い。浅野いにお本人が「もうこんな作品は書けないと思う」と言ったと言ういわくつきの作品。ちなみに表紙は真っ黒だが、中はピンク。帯があると更にデザインが引き立つので、是非帯つき購入をお勧めする。
元々浅野いにおの作品の中にあった「楽しいんだけどどことなく将来への不安とか自分の居場所が見つからないとかへの不安が付きまとっている」ような雰囲気の、「不安」の部分がいきなり増殖して膨れ上がって大爆発、みたいな。ただその暗さは古谷実の「ヒミズ」には遠く及ばないというか底が浅いと言うか……若いな、と言う印象も拭えない。
物語の中で何回かの奇跡(……怪奇現象?)が起こるんだけれど、本当に人生の暗部と言うか、暗澹とした日常を描きたかったのなら、奇跡は起こらなかったはず。その辺の詰めが甘いと言うか、それでも、フィクションにくらいは救いを求めたっていいじゃないかと言う祈りと言うか……どっちがいいのか私には解らん。
しかし一読しただけだと、事実関係が上手く把握できない、のは私の読解力が足りない所為か? 読み終わっても嫌な気分が続いて、しばらくしてから不意にパズルのピースがはまるみたいな感覚がある。あれは夢じゃなかったのか、って。あれは奇跡じゃなかった。奇跡なんかは本当は何一つ起こってないのかも。
でも浅野いにおは好きだ。それはガチで。
もう何巻まで買ったのかよく解らなくなってるけど42巻。いや、いいんだ何も言うまい。こうなったら連載が完結する日まで買い続ける、だ、ろう。意地で。
早くウォーターセブン編終わらないかなあ。一部終わるごとにまとめて読み返さないと、そろそろ最初の方の内容を忘れそう。あ、この人誰だっけ、って普通に思うわ。あと巨大化したチョッパーはちょっと可愛いと思う。北欧系の神話に出てきそうで。基本的にフサフサが好きなのか、私は。
さて、また衝動買い。
分厚い規格外のでかい本で、値段は4,830円。チョー迷った。何度も売り場を徘徊して、手にとって捲ってまた戻して、また売り場を徘徊して戻る……万引きの疑惑をかけられたことだろう。いやしかし、ここまですると言うことはほしいと言うことなのだ、と、一念発起してレジへ。財布の中には2000円。カードで。カードでお願いします……!
まず表紙。装丁が美しいのは基本です。そして表紙を捲ると、明朝体の小さなフォントでびっしりと埋め尽くされたページが。これは段組、レイアウト、全てを使って訴えかけてくる「文字だけではない小説」です。
で、本文が始まる前に一言。
この本は、あんたには向いてない。
表紙の折り返しにある煽り文句にやられた。
数年前、『紙葉の家』を始めるようになるとは、誰にも予期できなかっただろう。最初がはじめて世に出たとき、それは雑に束ねた紙の束でしかなく、その部分部分がときおりインターネット上に浮かんでくるだけだった。少数だが熱狂的なファンがこの恐ろしい物語を追い回しはじめるようになるとは、誰にも予期できなかったろう。
最初は社会の辺縁に生きる若者たちだった―ミュージシャン、タトゥー・アーティスト、プログラマー、ストリッパー、環境保護活動家、アドレナリン・ジャンキー―が、やがてその本はもっと上の世代にも知られるようになった。読者はその奇妙な作りのページに自分のことが記されているという事実だけでなく、入り組んだ子供時代へと戻っていく方法までそこに見出すこととなった。
これを書かれたら読まずにはいられない。こういう煽り文句大好きです。
ぱらぱら捲ってみたけど、小説部分はしっかり小説なんだよな。なんかバロウズとかヒューバート・セルビーJrの匂いがする。多分好きだと思う、この本。
小説と言うのは基本的に文字だけで構成される世界なんだけど、その文字を構築する紙面とかレイアウトとかでトリックを仕掛けると言う、ある意味4次元的な構造を持ってる小説がこれからは増えるんじゃないだろうか。とうとう3次元を脱却するのかな。
それでもこの小説が受け入れられたのは、4次元からの視点を持ってるというだけじゃなしに、3次元の部分である小説が確固たる足場を持って存在してるからなんだろうな。要するに、飛び道具だけじゃなかったってこと。まだ読んでないけど。
私は大槻ケンヂが好きだ。彼の新刊が出たら買わなくてはならない。まあ、結構出遅れたけどね。今のBGMなんか特撮だもんね。
これはオーケン本人が「最高傑作」と謳った作品である。ちなみに、まだこれの特撮の歌の方は聴いていない。本読んでからにしようと思ってね。解説は重松清だ。
オーケンの小説がすきなのは、良くも悪くもストレートだからだ。
<自分は何てダメ人間なんだろうと、はいつくばって生きている連中>のために書かれた作品だから。
オーケンは本当に小説で世界を救おうとしているのかもね。そして、彼にはそれが出来るのかもね。
判決を受けてから断頭台に立たされる最後の一瞬に至るまでの一死刑囚の苦悶をまざまざと描き出し、読む者の心をも焦燥と絶望の狂気へと引きずり込む。
ひきずりこんでもらおうじゃないの、と購入。ええ、ヴィクトル・ユーゴーなんか読んだ事ありませんでしたから。
まあ、読書関係ないけど、私が死刑反対派ってのはあるな。死刑を反対する代わりに、懲役300年とか申し付ければいいよ。あ、でも遺族になったこと無いからそんな事言わない。当事者にしか分からない痛みはある。
そういうわけで、買ってみたの死刑囚最後の日。ぱらぱらめくった感じで、カミュの「異邦人」思い出した。いや、印象だけど。
地獄の季節は彼が文学に叩きつけた絶縁状である、と表紙の解説に書かれている。私は、こういうキャッチコピーに弱い。
常々自分に足りないのは「詩」であると思っている私は何とかして詩を読めるようになりたいのだけど、どうにも敷居が高い。折衷案がこの本でした。これで少しは詩的な言葉のセンスを磨けばいい。
それにしても、章題がいちいち格好良いです。妄想を掻き立てられる文字の並び。詩的ってこういうことなのかしら。












